デュシャンがピラミッドやハミルトンが指摘するシンメトリー(注1)について考えるようになったことについては、次のようなの可能性もあげられると思う。
それはヴォリンガーの「抽象と感情移入」である。この論文は1908年に発表された。1910年当時、デュシャンにはマックス・ベルクマンというドイツ人の画学生の友人もいた(注2)。ピカソやブラック以上の仕事をしようと目論んでいただろうデュシャンはこの意欲的な論文に注目したのではないだろうか。
ところでデュシャンは12年の7月から9月までミユンヘンに滞在した(注3)。この間にデュシャンは「裸にされた花嫁」、「処女no1」、「処女no2」,「処女から花嫁への移行」、「花嫁」、「飛行機」などを仕上げている…。
この「抽象と感情移入」をピラミッドやシンメトリーにそくして読んでみよう。
「…感情移入衝動が、人間と外界の現象との間の幸福な汎神論的な親和関係を条件にしているのに反して、抽象衝動は外界の現象によって惹起される人間の大きな内的不安から生まれた結果である(注4)…」とする。つまり、感情移入できるのはギリシアからのちのヨーロッパの芸術であり、エジプトのピラミッドなどは抽象的傾向(内的不安)の典型であり、それは感情移入を阻止するものであるとしている。
しかし、ヴォリンガーは抽象的形式への感情移入にも可能性があると説く。「芸術に関する我々の一切の定義は、畢竟古典芸術に対する定義である。これらの定義は個々の点においてはいかに異なっていようとも、あらゆる芸術的生産と享受とは、あの内的な精神的な昂揚状態を伴うという一点においてすべて一致するものである」とし、「…南洋の黒人の芸術に関してであれ、ピラミッド建造者の芸術に関してであれ、《高鳴る胸》が芸術の自明的な付随現象と見做される。いかに吾々にとって、吾々の胸がより静かに、より安らかに呼吸すればするほど、それだけ、美の感情は強烈であるということは紛れもなき事実である(注5)」と述べている。
ここではギリシア以前の芸術を容認する立場を強く表明している。20世紀初頭までは、ブレ、ルドゥ、ルクーのような革命的な建築家たちを除けば、ピラミッドなどは美的対象ではなかったということなのだろう。
そして、私はヴォリンガーが「南洋の黒人の芸術」を挙げていることにも興味を持った。「抽象と感情移入」が発表された頃には、ピカソたちのキュビズム、たとえば「アヴィニョンの女たち(図1)」を受け入れる素地ができていたということなのだろう。そうと考えると、デュシャンはピラミッドやシンメトリーをいち早く自分の作品に取り入れようと必死だったといえるかもしれない。
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図1
また、ピラミッド(注6)やシンメトリーを意識した構図はモネの「サン・ラザール駅(図2、3)」の連作やセザンヌの「大水浴(図4)」、「静物(図5)」に既に見られるのである。モネの図3の信号やセザンヌの「静物」のリンゴは画面の中央にある。セザンヌのリンゴではそこが強調されて描かれている。つまり、これらの作品には三角や丸があり、キャンバスを四角と考えると、●▲■という問題が意識される。それらを回転させれば球形、円錐形、円筒形となり、「キューブ(立体)」という考えにつながってゆくだろう。
デュシャンはこれらの時代から突出したものを睨みながら、さまざまな作品を構想していったのではないだろうか。
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図2 -

図3
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図4 -

図5
- 図1 ニューヨーク近代美術館 図2 オルセー美術館 図3 ニーダー・ザクセン美術館、ハノーファー 図4 フィラデルフィア美術館 図5 オルセー美術館
- 注1 第2章 6 「レディ・メイドと描かれたレディ・メイド『Tu m’』―ある縛り」のリチャード・ハミルトンのレディ・メイドの解説、デュシャンのレディ・メイドを選んだときの「非対称(アンシンメトリー)の環境への反作用」もヴォリンガーの説を踏まえているように思われる。
- 注2 トムキンズ「デュシャン」 P‐45、46 P‐95-97
- 注3 河合哲夫は「デュシャンのミユンヘン滞在」のなかで「抽象と感情移入」は07年に出版されたとしているが(岩波文庫、「抽象と感情移入」の初版序文では1908年となっている)、「当時27歳の若い研究者であったヴォリンガーの美学論文は、一般にも受け入れられ、研究者だけでなく、実作者にも広く読まれたとしている。―「図録 マルセル・デュシャンと20世紀美術」2004年 国立国際美術館、横浜美術館 P‐27
- 注4 「抽象と感情移入」 W・ヴォリンガー 草薙正夫訳 岩波文庫 1953年 P‐33
- 注5 前掲書 P‐175
- 注6 ここから以後の文章は「現代人の思想 6 美の冒険(平凡社、昭和43年)」のなかの高階秀爾の「解説 美の冒険」、P‐28-30を参考にした。そこで、高階は「…(セザンヌの―引用者注)水浴図構図は、現代のもうひとつのピラミッドにほかならないのである」と述べている。
