ピラミッドを探そうと思った。

まず,以前、違和感を持ったWillam T.Wileyの「To Marcel Duchamp,1887ー1968,Tool and Die Maker 1968」にピラミッドがあったことが挙げられよう。

そして、デュシャンには「1 図形とイメージ」でも触れたが「約1時間片目を近づけて(ガラスの裏側から)見ること(図1)」という1918年にブエノスアイレスで作られた作品と、1918年から19年にかけて、やはりブエノスアイレスで作られた「手製の立体鏡(図2)」という作品がある。私は「1 図形とイメージ」で「手製の立体鏡」はのなかの構造物はプラトン立体からきているのではないかとしたが、トムキンズも述べているように(注1)、このふたつの作品にはどちらにもピラミッドが見られるという言い方もできる。「約1時間、片目近づけて…」のピラミッドの頂部は鈍角である。一方「手製の立体鏡」のピラミッドのそれは鋭角である。二つの作品を見比べていて、古代エジプトのピラミッドのような、ちょうどいい感じのピラミッドがデュシャンの作品のどこかにないだろうかと思った。


  • 図1

  • 図2

 

一番目につく▲は「大ガラス・男性図(図3)」の「7つの濾過器(図4)」の円錐である。それに、水車を支持するコンテナと「チョコレート磨砕器」、「鋏」はかなり急な角度で消欠点に向かっているが、「7つの濾過器」はその透視図法に従っていないように見えた。透視図法に従えば、7つの円錐は消欠点に向かって歪みを与えられなければならないだろう。

私は拡大コピーを取り、それらの頂角の角度を測った。どれも、ほぼ76度(注2)であった。約76度は大ピラミッド、クフ王のピラミッド(図5,図6は断面図)の頂角の角度である。

こう言ってもよい。濾過器の円錐を垂直に切ると大ピラミッドが現れる。


  • 図3

  • 図4

  • 図5

  • 図6

「『大ガラス』 東京バージョン」を制作した岩佐鉄男は「多摩美術大学紀要」に「〈大ガラス〉の透視図法(注3)」を載せている。そこで濾過器についてこう述べている。「濾過器は単純な円錐なので、作図は容易である。ただし、デュシャンの実測図の円錐の高さ12cmは間違っている。この寸法どうり図面を引くと、円錐の頂点が、次の円錐の底面に接しないのである。」
 
 岩佐は濾過器が消欠点に向かう歪みについては触れていない。しかし、「7つの濾過器」が作図法に従っていないということは、濾過器の円錐もデュシャンの意図によるもの(注4)と解釈してもよいと思った。
 
 ところが、デュシャンはカバンヌに「大ガラス」について「透視画法は私のもとで、完全に科学的なものとなったのです」(注5)と言っている。これはどういうことか、おおいに迷った。私は、あまり論理的ではないが、濾過器にピラミッドが隠れていることから、透視図法も幾何学によっており、ギリシア幾何学の祖タレスはエジプトで幾何学を学んだことを指しているというふうに捉えた。ピラミッド自体がそれまでの科学的思考の遺産といってもよいだろう。そして、ピラミッドの建造方法は現在でも解明されていないほど高度なものだ。

また、デュシャンを語るとき、よく視線のピラミッドという言葉が使われる。デュシャンはサント・ジュヌヴィエーヴ図書館の司書時代にさまざまな透視画法の本を読み、学んだと言われている(注6)。それらの本のなかでは視線のピラミッドという言葉や図(図7)がある。つまり、それらのことをすべて含めて「透視画法」は「完全に科学的なもの」となったと言っているのであろう。

そして、「7つの濾過器」はデュシャンの仕組んだ「76度」を見せるための破調だと考えたのである。


  • 図7
  • 図1,2 ニューヨーク近代美術館  図3 フィラデルフィア美術館  図8 GraphischeSammlung,staatsglalerie, Stuttgart,Germany
  • 注1 「マルセル・デュシャン」 カルヴィン・トムキンズ 木下哲夫訳 みすず書房 2002年 P-216
  • 注2 私は「芸術新潮」、2005年2月号、「特集 謎の男 マルセル・デュシャン」の「大ガラス」の図版(P‐41)を拡大コピーして、一番左の円錐と時計回りに3番目のものと7番目の逆さの円錐を分度器で測った。他のものは頂部が隠れていたり、剥落があるので除いた。また、「大ガラス」のどの図版にもカメラのレンズによる多少の歪みがあるものと思われる。読者も試みられたい。
  • 注3 「多摩美術大学紀要」 第2号 1985年 P‐64
  • 注4 アルトゥーロ・シュバルツのレゾネ「The Complete Works of marcel Duchamp」 Delano Greenidge edition 2000 の349ページに「篩あるいは傘 1914(図8)」という「7つの濾過器」の下図とみられる図面がある。これを見ると2等辺三角形の底辺にフリーハンドで楕円を描いていった様子が分かる。因みにこれらの2等辺三角形の頂角はほぼ74度であった。おそらく、こういった下図を何枚か描いて76度に近づけていったものと思われる。

  • 図8
  • 注5 デュシャンは語る P‐72
  • 注6 「デュシャンと遠近法理論家の伝統」 ジャン・クレール 横張誠訳 エピステーメー 「マルセル・デュシャン」 1977年11月号  P‐61‐95
  • * 図7は「デュシャンと遠近法理論家の伝統」のなかにあったものではなく、グーグルの図像検索「aburaham bosse perspective」から採りました。

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