セザンヌはエミール・ベルナールへの手紙でこう書いている。「…自然を円筒形と球形と円錐形によって扱い、すべてを遠近法のなかに入れなさい。つまり、物やプランの各面がひとつの中心点に向かって集中するようにしなさい。(注1)…」
セザンヌは静物画では複数の視点から対象を見詰め、構成し、画面に定着させたことはよく知られている。その絶えざる見ることの試みが、円筒形、球形、円錐形という言葉になっていったのだろう。これらの言葉が、キュビズムのもとになった。
デュシャンは1912年に「階段を降りる裸体(図1)」をアンデパンダン展に出品するが、キュビストたちから拒否され、キュビズムから離れることになる。しかし、私は、デュシャンはこの頃からキュビストたちとは逆に、「キューブ(立体)」に対する考えを深めていったと思うのである。
-

図1
ところで、この円筒形、球形、円錐形の定義はユークリッド原論までさかのぼることができる。定義の順に引用してみよう。(注2)
♢球形―
定義14.球とは、半円の直径が固定され、半円が回転して、その動きはじめた同じところにふたたびもどるとき、かこまれてできる図形である。
定義15.球の軸とは、半円がそのまわりを回転する固定した線分である。
♢円錐形―
定義18.円錐とは、直角三角形の直角をはさむ辺の一つが固定され、三角形が回転して、その動きはじめた同じところにふたたびもどるとき、かこまれてできる図形である。…(後略)
定義19.円錐の軸とは、三角形がそのまわりを回転する固定された線分である。
定義20.そして底面とは、回転する線分によって描かれる円である。
♢円筒形(原論では円柱と言っている-引用者注)―
定義21.円柱とは、矩形の直角をはさむ辺の一つが固定され、矩形が回転され、その動き始めた同じところへふたたびもどるとき、かこまれてできる図形である。
定義22.円柱の軸とは、矩形がそのまわりを回転する固定した線分である。
少し長い引用になったが、球形は半円、円錐形は直角三角形、円筒形は矩形、を回転させた図形である。デュシャンの「私はいつも円を、回転するものを求めていた」という回転に対する関心のもとのひとつはユークリッド原論にあるように思われる。たとえば、「隣金属製の水車のある滑溝(図2)」の半円のサッシは完全な半円ではないようだが、定義14の「半円」を踏まえているのではないだろうか。
私がほとんど理解できないユークリッド原論を持ち出すのは、デュシャンの幾何学の教科書をベランダに紐で吊るしてボロボロにするよう妹のシュザンヌに指示する「不幸なレディ・メイド(図3)」があるからである。これは19世紀から台頭してくる非ユークリッド幾何学に注目してのことではないだろうか。
デュシャンは「球形、円錐形、円筒形」を作品にしのばせることでユークリッド幾何学を賛美し、「不幸なレディ・メイド」でユークリッド幾何学を葬送した(注3)…。
-

図2 -

図3
また、回転を描いたものとして「刃物研ぎ(図4)」のデッサン、「コーヒー・ミル(図5)」がある。そして、「コーヒー・ミル」のハンドルは水平と垂直の視点から描かれており(注4)、ハンドルの部分を同時に見ると天球儀、地球儀のような球形になる。6節で述べた球形の最も初めの形体はこの「コーヒー・ミル」であろう。
-

図4 -

図5
しかし、デュシャンが球形、円錐形、円筒形に惹かれたのには他の可能性も考えられる。
私は建築史に疎いが、エミール・カウフマンの「三人の革命的建築家、ブレ、ルドゥー、ルクー」よれば、18世紀後半、フランス革命以前にその機運を察知し、表現した建築家たちがいた。エティエンヌ=ルイ・ブレ、クロード=ニコラ・ルドゥー、ジャン=ジャック・ルクーである。これらの建築家たちのプランのなかにも立体の最も基本的な形である球形、円錐形、円筒形が見られるのである。(ただ、彼らがこのような建築だけを構想していたわけではない。)
ともあれ、カウフマンは「ブレの雄々しい建築や、ルドゥーの革新的な作品、ルクーの空想の数々は、壮大さを求める情熱、革新への意思、そして未曾有なるものへの憧憬といった、この時代の主要な潮流の数々を反映しているのである(注5)」と述べている。
ブレから見てゆこう。
球形―ニュートン記念堂(図6)…理性の象徴として
円錐形―円錐状の死者の記念堂(図7)
円筒形―図書館内部―国立図書館拡張のために計画された新しい広間(図8)
-

図6 -

図7 -

図8
つぎはルドゥーである。
球形―耕作の番人のための家(シェルター)(図9)
*カウフマンはこの建物を、「純粋幾何学の極端なまでの例(注6)」と言っている。
円筒形―川監視人たちの家―ルー河の監督官の家(図10)など。
ルドゥーには円錐形の建築は見あたらなかった。
-

図9 -

図10
クルーを見よう。
球形―大地の神殿(図11)
円錐形―氷室(図12)、
円筒形―海を臨む城館―古い城館(図13)などがある。
-

図11 -

図12 -

図13
これは孫引きであるが、五十嵐太郎、菅野裕子の「建築と音楽」によれば「マルセル・デュシャン夫人は、ルクー研究家のデュボワにこう語ったという。『夫は二人に夢中だったのです。会ったことのあるレーモン・ルッセルとまったく知らなかったジャン=ジャック・ルクーにです』(注7)」とある。
デュシャンは1912年の10月にピカビア、アポリネールとジュラ県のエティヴァル村にあるピカビア夫人のビュッフェ家の別荘に自動車で旅行する。この行程が「グリーン・ボックス」の「1 余白のノート(注8)」に反映されている。ところで、この同じジュラ県のアルケスナンにはルドゥーが作ったショーの製塩工場があるのである(図14)。アルケスナンはエティヴァル村からほぼ真北に50キロくらいの所であろう(注9)。ただ、エティヴァル村は山地にあり、直線的には行けない。
ルクーに強い興味を持っていたというデュシャンはルクーに先行したルドゥーやブレを知らないはずがないと思われる。私の考えによれば、1912年はデュシャンが「立体(キューブ)」について考えを深めていった時期である。
どんな人でもベルサイユ宮殿と耕作の番人のための家(シェルター)見比べてみれば、どちらが革命的かは一目瞭然であろう。
-

図14
- 図1,2 フィラデルフィア美術館 図4 個人蔵 図5 テート・モダン
- 注1 「セザンヌの手紙」 ジョン・リウォルド編 池上忠治訳 1982年 P-236-237 (書簡番号)198 エミール・ベルナールへ
- 注2 「ユークリッド原論」 中村幸四郎、寺坂英孝、伊東俊太郎、池田美恵訳・解説 共立出版社 1971年 P‐344 第11巻 定義
- 注3 ユークリッド幾何学の葬送については何人かの人が述べていたと思う。
- 注4 「マルセル・デュシャン『遺作』以後」 P‐78
- 注5 「三人の革命的建築家 ブレ、ルドゥー、ルクー」 エミール・カウフマン 白井秀和訳 中央公論美術出版 1994年 P-373
- * 私が初めにブレ、ルドゥー、ルクーを知ったのは多木浩二の「絵で見るフランス革命―イメージの政治学―」(岩波新書、1989年)であった。また、『未来都市の考古学』図録 東京都現代美術館 1996年 「3 ① フランス革命期の幻視の建築家」、「3 ② ルドゥーの『ショーの理想都市』」P‐69-84 と『フランス革命と芸術』 ジャン・スタロバンスキー 法政大学出版局 1989年 「幾何学都市」、「語る建築、永遠化された言葉」P‐48-67 も参照した。
- 注6 「三人の革命的建築家」 P‐185
- 注7 「建築と音楽」 NTT出版 2008年 P-201
- * ルクーは建築のさまざま構想図のほかに男性器や女性器、あるいは、性的倒錯と見られる自画像などのデッサンも残している。
- 注8 「全著作」 P‐55-58
- 注9 読者もグーグルを活用されたい。Google→地図検索→Étival,Jura,France あるいは、Arc‐et‐Senans,Jura,France
- * ショーの製塩工場については「磯崎新の建築談義#10 ショーの製塩工場 [18世紀]」 2001年 株式会社六耀社がある。
