私のとった方法は、とにかく、デュシャンの作品を見続けることだった。そして、デュシャンの作品について気になっていたところや、もっと言えると思われることを調べていった。

例をあげてこれからの作業の方法を示しておこう。

そのひとつは東野も触れているが、デュシャンは作品に直線(や三角形)や真円を用いたことがあげられる(注1)。「大ガラス」やその前の1918年に作られた「約一時間片目を近づけて(ガラスの裏側から)見ること(図1)」と1918年から19年にかけて作られた「手製の立体鏡(図2)」などである。デュシャンより以前に、定規やコンパスを用いた画家ではデ・キリコ(注2)があげられるが、当時、そのような画家は少なかったのではないだろうか。

また、「手製の立体鏡」の構造物に似ているものとしてはプラトン立体の正8面体(図3)があげられると思う。もっとも、引き延ばされればプラトン立体ではなくなるけれど…。それでもこういうところにデュシャンの幾何学にたいする関心の深さがうかがえる。
これを大まかに形体を含む図形の問題としておこう。


  • 図1

  • 図2

  • 図3

もうひとつの例は「叢(くさむら)(図4、注3)」とレディ・メイドの「旅行用折り畳み品…(図5)」についてである。 このふたつの作品は一見どこも似ていない。しかし、「叢」という言葉は古典的だが、おもに女性の陰毛をさす隠語である。同様に、タイプライターのカバーの「Underwood」を日本語に訳すと「下ばえ」であり、これも陰毛という意味がある。デュシャンはエロティシズムを目立つもの、隠されているもの、そして、巨大なもの(注4)とカバンヌに語っているがこれはその片鱗ではないだろうか。

ただ、デュシャンの作品を読み解く作業をするにあたっては、エロティシズムだけにとどまらず、広く隠されたイメージ(図像)を探ってゆく方がよいように思われる。


  • 図4

  • 図5

そこで、私はこれからしばらく、この図形とイメージという二つの側面から、デュシャンの作品を見てゆくことにした。そうするとおのずから次に考えるべき問題が出てくるだろう。ただ、私はデュシャンの作品を初期から順に解明してゆくことはできなかった。私が疑問を持ち、作品と図形、作品とイメージが定着したと思われるものから述べてゆくことになった。しばしば制作年をさかのぼって見てゆくことがある。また、同じ作品を別のテーマで語ることもあると思う。

そして、依然として解らない作品も多数ある。それでも、マルセル・デュシャンの作品の隠れた関係が少しは見えてくるかもしれない。

また、「大ガラス」や「約一時間片目を近づけて…」や「手製の立体鏡」、その他を考察した論集ではリンダ・ダーリンプル・ヘンダーソンの「Duchamp in Context(注5)」があり、それを随時参考にした。


  • 図1,2 ニューヨーク近代美術館  図4,5 フィラデルフィア美術館
  • 注1 「マルセル・デュシャン」 東野芳明 P‐81-83
    東野は「約1時間、片目を…」について触れながら、ロベール・ルベルがデュシャンの「Tu m’」の右半分を「定規とコンパスで描いた」ことについて、カンジンスキーと結びつけていることに難色を示している。東野はカンジンスキーが定規とコンパスを使うのはもっと後であると言っている。
  • 注2 ジョルジュ・デ・キリコ 「愛の歌」 1914 (図6)

  • 図6
  • 注3 「全著作」 P‐327 「叢」について、「…非叙述的なタイトルの登場はここが初めてです。事実、これ以後、私が加えるタイトルには私はいつも重要な役割を与えようとしましたし、タイトルを見えない色のように扱いました」
  • 注4 「デュシャンは語る」 P‐185
  • 注5 “Duchamp in Context  Science and Technology in Large Glass and Related Works” Linda Dalrymple Henderson Princeton University Press  Princeton and Oxford 1998  

Project Details