アルブレヒト・デューラーの「メレンコリア1(図1)」とデュシャンの関係については、先行した研究があると思われる。マウリッツオ・カルベジの「Duchamp Invisibile」である(注1)。私も閲覧させてもらったがイタリア語ができないのでそういう研究があったということを報告しておく。その本のなかに「メレンコリア1」の図版があり、その注では、さらに以前にデュシャンと「メレンコリア1」について述べた人がいたようである。
また、TOUT‐FAIT: The Marcel Duchamp Studies Online Journal(注2)によるとEcke Bonkが「メレンコリア1」や「ネメシス(あるいはフォルトゥーナ)(図2)」あるいは「透視画法の四態」をデュシャンと関係づけた図式を提示している。しかし、文章で解説はしていないようだ。それと、この関連図ではデュシャンのPorte‐Doorなどについても掲げており、後に考察する。
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図1 -

図2
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図3 -

図4
ほかにもデューラーとデュシャンを関係づけて論じている人たちは多くいる。ウルフ・リンデは「フォルトゥーナ」(注3)と北山研二は「リュートを描く製図工(図3)」(注4)を挙げている。また、東野芳明は「『遺作』再説」(注5)で「『透視画法の四態』裸婦を描く(図4)」と「遺作」の関係を述べており、谷川渥氏も「窓と女」(注6)でデューラーの「横たわる裸婦をデッサンする画家」(「『透視画法の四態』裸婦を描く」とおなじ)からデュシャンの「フレッシュ・ウィドウ」までを男性の視線を中心に述べている。
私はデューラーの画集でもっとも気に入ったのは「メレンコリア1」だったので、そのページを開らいたままにしておいた。そうして長いこと「メレンコリア1」を見ているとデュシャンと関係があるように思えてきたのである。
最初に目についたのは菱面体の大きな二つの面である。明るい面は下降を示し、暗い面は上昇を示している。また明るい面の右側にはおなじ角度で梯子が掛っていて、またその右には石臼が立てかけてある。これらにある種の運動が感じられた。これと「大ガラス」の「7つ濾過器」の回転運動が呼応するのではないか。
次は彗星である。この彗星とマン・レイが撮影した「剃髪(Tonsure)」が合うように思われる。この「剃髪」をポントゥス・フルテンは「Comet Haircut」と呼んでいて(注7)、よく見ると剃られた星形は頭の前部に向かって尾が着いている。「グリーン・ボックス」には「…この子供=ヘッドライトは、図形的に言うと彗星になるかもしれない。この彗星は尾を前方になびかせるような彗星である。…」(注8)とある。
こういう考え方もできる。魔方陣は4×4である。独身者たちは9人であり、これは3×3である。
石臼は「コーヒー・ミル(注9)」、「チョコレート磨砕器」、になり、石臼の動力源は「水車」であろう。
デュシャンのレディ・メイドに「罠(Trébuchet)」という作品がある。床に固定したコート掛けである。なぜ、「罠」がpiègeやtrappeではいけないのかと思った。東野芳明はチェスの用語からきているとして、対手の駒が、そこで「つまづく」ような手(注10)と説明している。ところで、辞書を引くとtrébuchetにだけは罠のほかに(貨幣計量・実験用の)天秤という意味がある。そして、「メレンコリア1」には天秤がぶら下がっているのである。
ここまで来たとき、今まで見て、考えてきたことを振り返ってみた。
♢キュビズムのもとになったセザンヌの言葉―球形、円錐形、円筒形。
♢7つの濾過器に隠れている大ピラミッド。
♢ダ・ヴィンチの解剖図と「雌の縊死体」の類似。
♢「メレンコリア1」とのデュシャンの作品の様々な関係。
私はこれらのことがデュシャンのいう「視覚的な表現に混ぜ合わせた」、「歴史や、よい意味での逸話」であると確信するようになった。
デュシャンはシャルボニエにくりかえし観客が、あるいは後世の観客が美術を作ると言っている(注11)。そして、デュシャンも作家であるまえに観客であっただろう。観客であるデュシャンによって選ばれ、新しく意味づけられたものを、作家であるデュシャンが構築していったと考えても無理がないと思われる。晩年のエッチング集、「選ばれた細部、アングルにならって」、「選ばれた細部、クールベにならって」なども、デュシャンのさりげなさを装った自信たっぷりの種明かしではなかっただろうか。
もうひとつコロンブスの卵のようなことがある。それは「大ガラス」やほかのガラスの作品とレディ・メイドの何点かは透けて、うしろが見えることである。そうすると、たとえば「大ガラス・男性図」の「7つの濾過器」越しに「メレンコリア1」の「菱面体」を見、クフ王のピラミッドを見ることができるということになる。「トランクの箱」のなかの小さい「大ガラス」を使うと面白いと思う。もちろん、「大ガラス・女性図」の「雀蜂 セックスのシリンダー」のうしろに「第1章、3」のダ・ヴィンチの裏返し、逆さまにした「解剖図」を置いて見ることも可能だ。これがデュシャン流の「引用」ではないだろうか。このことはカバンヌに「…抽象画であっても、必ず一種の埋め草が必要になってきます。…(注12)」と言っていることと符合すると思われる。
このカバンヌとの対話は1966年の9月におこなわれ、デュシャンは79歳である。そのデュシャンが自分のことを「人並みはずれた好奇心(注13)」の持ち主と言うのである。そして、このころ20年かけてこしらえた「遺作」の行き先は決まっていたようだ(注14)…。
「With My Tongue in My Cheek(図5)(注15)」は1959年に作られたものであるが、この作品は、私たち観客を挑発しているのではないだろうか。
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図5 -

図6
- 図5 ロベール・ルベル・コレクション 図6 サンタ マリア ディ フェラリ、ヴェニス
- 注1 “Duchamp Imvisibile La costruzione del simbolo” Maurizio Calvesi Officina Edizioni 1975 Roma
グーグルで「duchamp durer」を調べるとウィキペディアのデュシャンの項目に「メレンコリア1」の図があり、その下にイタリア語で「デュシャンは『メレンコリア1』をモデルにしている」というような意味であろう書き込みがあった。
また、カルベジはたくさんの「聖母被昇天」を載せているが、これは「大ガラス」の「男性図・女性図」の構図を決定したと述べているものと思われる。図6はティツィアーノの「聖母被昇天」である。 - 注2 Google→www.toutfait.com→news features→bonk
- 注3 「すべては独身でしかない」 ユリイカ 青土社 1983年10月号 P‐149
- 注4 「全著作」 訳者あとがき P‐467
- 注5 「マルセル・デュシャン『遺作』以後」 美術出版社 1990年 P‐256
- 注6 「見ることの悦楽」 谷川渥 白水社 1995年 P‐102-112
- 注7 “Marcel Duchamp” Pontus Hulten The MIT Press Massachusets 1993 P‐35 ここに付いているキャプションは注8。
- 注8 「全著作」 P‐57
- 注9 「コーヒー・ミル」について、デュシャンは「…自分でも知らないうちに、私は何か別のものへの窓を押し開いていた…」と語っている。(「デュシャンは語る」 P‐54)
「コーヒー・ミル」は他にいくつかの見方ができ、構想が重層的になっている。のちに触れる。 - 注10 「マルセル・デュシャン『遺作論』以後」 P‐128
- 注11 「デュシャンとの対話」 ⅵ 絵画をする人 P‐94-111 この章全部が芸術家と観客の問題について述べている。
- 注12 「デュシャンは語る」 P‐22
- 注13 「デュシャンは語る」 P‐45
- 注14 「マルセル・デュシャン」 トムキンズ P‐447-449
- 注15 「マルセル・デュシャン」 東野芳明 東野はカバーの裏の解説で「不真面目に、悪ふざけで」を意味する慣用句としている。どの辞書にも載っている。
